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第五話
なるべく体操服の上着を押し下げて、下腹部を見えないように工夫しながら振り返ると、 流が自分の制服を畳んでいるのが見えた。こちらを向いてふっと微笑む。私はお礼を言うのと、さっきの続きを聞こうと思って口を開いた。
「春日! 転校生を独り占めすんなよ」
いきなり五人の人垣ができた。三人は男子で二人は女子。声の主は両手を腰に当てて抗議のポーズを取っているが顔は笑っていた。その彼の肩にもう一人の男子が腕をまわしている。
後の三人は少し後ろから覗いているが、仲良し五人組というのが一目で分かる。流は両眉を上げると微笑んで、両手をホールドアップする。〝そんな気はないよ〟というジェスチャー。
一瞬、私を見て優しく笑うとそのまま何も言わずに五人をよけて教室を出て行った。私は自分がショックを受けているのが分かった。なんでよ、流はただ体育の授業に出るために出て行っただけじゃない。
でも流が去っていく後ろ姿を見るのが、自分でも理解出来ないくらい、苦しくてつらかった。 行かないでほしい、と体中の細胞が叫んでる。まだ出会って半日も立っていないのに、こんな気持ちになるなんて……どうかしてる。
「オレは近藤一樹(こんどうかずき)。よろしく~」
最初に流に声をかけた男子に言われて、我に返った。気を引き締めなきゃ。
近藤は、流には負けるけどスラっとしていてかっこいい。 大きな目がキラキラしてる。それなりに自分のカッコよさを自覚していて髪型や眉など、 見た目にもかなり気を遣っているように見える。サッカー部とかで女子にキャーキャー言われてそうなタイプ。モテそう、というのが近藤の第一印象。
「で、おれが遠藤治希(えんどうはるき)。遠近コンビで覚えやすいでしょ」
にぱっと笑って近藤の肩に腕をかけている子が言った。 茶色いバサバサの髪でクリッとした目をしている。 笑ったほっぺにえくぼが出来ていてかわいい。ひそかなファンがいそうかな。
「河野雅夫(こうのまさお)」
短く名前だけ言った子は、遠近コンビの少し後ろにいるけど、かなり背が高いのが分かる。う~ん、柔道部? とにかくデカイ。
「佐藤菜々美(さとうななみ)でーす」と河野の横から女の子が手を振った。長い髪を頭の上で二つ結びにしている。白い半そでの体操服の前側を、豊かなバストがふんわり持ち上げていた。
ほがらかに笑う顔を見て胸がズキンとする。私には手に入らない輝かしい未来が、彼女の前に広がっているのをひしひし感じた。
「桜木瑠璃(さくらぎるり)です。よろしくね」
最後の女の子ははにかんだように笑って言った。菜々美ちゃんの明るく可愛い雰囲気に押されているが、 良く見ると色白で大きい瞳が、すごく愛らしい。背が小さくてほっそりしている。男の庇護欲をかきたてるタイプ。高いアニメ声にも秋葉系のファンがこっそり騒いでそう。
「えっと……よろしく」
なんとか笑って声を絞り出した。流がいってしまった心細さが尾を引いて途方にくれている。どうにか気持ちを奮い立たせた。
「楠本くんってすっごい、まつげ長い~。ね、もしかして彼女いるの?」
菜々美ちゃんが聞いてくる。体育の授業は校庭で男子はサッカー。女子はハードルだそうだ。みんなで歩きながら話した。五人とも興味しんしんでこちらを見ている。
「いないよ。募集中」
いかにも男子高校生が言いそうな答えを言ってみる。応募されても困るけど。
「お前、なんでそんなこと気にするわけ?」
近藤が菜々美ちゃんに問いかける。ちょっと不満そう。もしかしてこの二人付き合ってる? それならかなり似合いのカップルだ。
「それにしても春日にはビックリだよな」
遠藤がボソッと言った。流の名前が出たのでビクッとした。流の何がこの子達を驚かせたのだろう。すごく気になる。
「ああ、ほんと。あいつがあんなに他人をかまうのを初めてみた」
近藤が受けていう。「いつも大体独りだしな」と遠藤。不思議とその言葉には疑問を感じなかった。流が大勢の人たちの中でわいわいやっているのは、なんとなく想像できない。
「でも春日くん、スッゴイ親切だよ。あんた達なんかよりよっぽど紳士だしっ」
「なんだよ。やっぱり菜々美も、実は春日が好きなんか?」
近藤がちゃかしながら言う。でも目は笑っていない。そこでふと、私は気付いた。近藤は自分に自信がないのかな、と。爽やかで明るいスポーツマンに見えるけど、 菜々美ちゃんに対する言動は不安を打ち消そうと躍起になっているように感じる。私はうがちすぎだろうか。
「春日はいいやつだ」
河野が短く、断定したように言った。私はうれしくなって笑ってしまった。会って間もなくても流は私にとって天使に近い存在だから。
「あんな超イケメンなのになんで彼女いないんだろ~」
「自分に釣り合う女なんていない、と思ってんだろ」
「えーっ、あたし自信ありますけどぉ」
「お前、オレじゃ不満なのかよ」
菜々美ちゃんと近藤の会話が続く。その内容から、やっぱり二人は付き合ってるんだ、と想像がついた。
「楠本くん、なんで転校してきたの?」
可愛らしい声が聞いてきた。見下ろすと瑠璃ちゃんがこっちを見上げている。大きな潤んだ瞳がやっぱりカワイイ。こういう質問に対する答えはシミュレーション済みだ。
「父が海外に転勤になったんだ。それでS県から、兄が一人暮らししてるT県に来ることになった。 ぼくは英語が死ぬほど苦手だからついてくなんて絶対、無理だし」
肩をすくめてにっと笑うと瑠璃ちゃんの顔が真っ赤に染まる。ますます愛らしい。
「ああっ。瑠璃のやつ顔赤いぞ」
遠藤が言った。瑠璃ちゃんは恥ずかしそうに下を向く。
「はいはい。デリケートな瑠璃をからかうのはナシね。赤くなって当たり前よ。 春日くんもかっこいいけど、楠本くんもめちゃくちゃキュートだもん。 その髪天然? すごくきれいな茶色」
菜々美ちゃんが割って入る。私は全体的に色素が薄い。自分を鏡で見るときれい、というより薄ぼんやりした印象を受ける。百六十五センチの身長は、男にしては小さいし、女にしては大きい。色も形も中途半端な気がして、嫌だ。
「茶色くてくせ毛だからよく風紀検査で引っ掛かるんだ。水かけられた事もあるよ」
私は菜々美ちゃんに返事をした。なにそれ、ひどい~と菜々美ちゃんが言ってるうちに校庭に着いた。女子とはここでお別れだった。